雑雑読書日記

六十一歳戌年、日々是休日 adobeイラストレーターを独学中。昭和、読書、音楽、映画の他爬虫類の飼育、散歩と下手な写真が趣味。独学記と身近な出来事。

今週のお題「桜」

近所の坂道沿いに10本程度の桜の木がある。太平洋戦争の後に植えられたそうだが

それ以上のことは知らない。毎年春になると当たり前のように多くの花を咲かす。

そしてそれを見に来る人も同じように多くの花を咲かすことに気づいていると思う。

大勢の人で混み合う花見は大の苦手だ、あれは花見じゃなく人見だ。

桜の咲いたのがほんとうに嬉しいのかどうなのか酒を呑んで騒いでいる。その点

この10本程度の桜はそんなこともない。坂道を少し上がった大きめの桜の木の下に

すこし広くなった空き地がある。半分朽ちたベンチがあってそこに座ると町の様子が

よくわかる。ただそれも葉っぱが出るまでの話だけれど。

 

座って町を見ているといつのまにか一人の老人がそばに立っていたのでドキッとした。

こざっぱりした身なりだけれど疲れた様子も見える。顔は皺が多くてそれでも目は

優しそうだ。ぼくはベンチを立ち席を譲った。老人はなにも言わずにベンチに

腰掛けると持っていた紙袋からワンカップの日本酒をとりだした。ふたを開けると

たとえ一滴でもこぼすまいという風に口をつけてすすった。それから喉をならして

また一口のんだ。ぼくは何も言わずに呑んでいる老人に会釈して立ち去ろうとした。

すると老人は紙袋からもうひとつ酒を差し出した。手で遠慮する仕草をしても

差し出してくる。仕方なしにぼくは受け取った。すると老人は飲めという仕草をした。

別段急ぐ用事もないし車の運転をする用事もない。ふたを開けて飲んだ。日本酒はそう

嫌いではない、若い頃はビールしか飲めなかったがちびちびと飲める日本酒も

いい感じだ。なにより花見にぴったりのお酒だ。

 

老人は何も言わずに飲んでいた。時々空を見ながら。ぼくは立ったままで飲んでいた。

紙袋の音がしたとおもったら丸いものが差し出された。草餅がひとつ。お酒に草餅、

誰かに聞いたことがあるけれどお酒にまんじゅうや餅は相性がいいらしい。

ぼくはたったまま片手にお酒、片手に草餅という姿勢のままもうひとくち飲んだ。

すこし酔ったのか気持ちがよくなった、カップを地面において草餅のラップを外した。

草餅をかじるとよもぎの香りのあとに餡の味が広がった。老人はぼくの方を見て

微笑んだ。こんな静かな花見は初めてだ。こんな甘い花見は初めてだ。老人が

なにかをつまんでぼくのコップに入れた。お酒のうえに桜の花が浮かんでいた。

老人は自分のカップにも花びらを入れた。すると立ち上がってぼくの方に向かい合わせ

になった。カップを差し出した。ぼくと老人のカップが音を立てた。乾杯